BLOG 日記

El camino

時が過ぎるのは本当に早くて、さらに駆け足で時間をくぐり抜けると、もう帰路だ。
1ヶ月の時間は、ダリの描く時計のように、ある時は滑らかに、ある時は瞬時に流れていく。
自分が踊り手でいることの大切さ、舞台に立つことの喜びと苦しみ。
もがきや喪失の先にいる、本当の自分。
今回の挑戦は、カディスの地で踊る喜びや、より良いものを創作すること以上に重要なもの、と向き合えた気がする。
コンクールの1週間前。
のどから鼻、そこから咳へと移行した風邪の症状も落ち着き、ギターのミゲルと曲の構成や、不明確な部分を打ち合わせて、見てもらった。翌日は休日だったので、カディスの海に出かけて、波の音を聴きながら、ミゲルの録音を聴き、イメージを明確にした。
月曜日だった衣装の仮縫いが火曜日になり、やっぱり水曜日と言われて、工房を訪ねてみると、なんと注文していた2着の布のテイストが真逆に。。絶句した後、違うことを告げると製作者のピリーはパニックに。慌てて注文表をめくるけど、はっきりとした記録がない。予想外にギラギラと輝く真っ赤なバタは、私が舞台衣装として一番避けてきたイメージだ。
ダメなら売らないよ、いい。と残念そうにピリーが言った。
先入観を捨てる。時間もない。ピリーのバタは着慣れている。布の重さもバタに適している。自分のイメージチェンジにもなる。そしてこの子(バタ)が仕上がる姿に出会いたい。
答えはイエス。
このまま本縫いに入ってもらった。
木曜日。コンクール前日。
朝から自主練して午後のエンサージョに備えた。歌い手2人が入る、最初で最後のエンサージョの為だ。練習ののち携帯を見るとメールが。恐ろしいことに、歌い手が2人とも来れない、という。。
カンタオール(フラメンコの歌い手)は常に自由人。今までも周りの踊り手達の悲劇を目にしたことはあったが、実際自分の身に降りかかったのは、初めてだった。
全ての思考が停止。自分にとってどれほど重要なものであっても、彼らにはそうでないのかもしれない、という、共演するにあたって一番持ってはいけない、不信感が、沸き上がってやまなかった。一番強く、しっかり立っていなくてはいけない私自身が、ボロボロ崩れていく。
昼に家に戻り、同じ家に住んでいる子が、何があってもゆかりのアルテとアルマがあなたの中にあるから、踊らなきゃだめだと励まされ、再びスタジオに戻った。
スタジオで何をしていたかは分からない。電話が鳴った。ギターのミゲルからだった。
『ゆかり、大丈夫か?』
ミゲルは、私の心の中を全て知っていた。
大丈夫、と言いながら、やっぱり大丈夫じゃない、と涙が止まらず、大泣きした。
ミゲルが言った。
『コンフィアンサ(信頼感)が欠けてしまうと、良いものはできない。でもコンクールは、勝つために良いものやらなきゃいけない。もしこのままの状態なら、欠場するという選択肢がある。』
でも、それではコンクール主催者側へ踊り手として信用を欠いてしまう、と私が言うと
『演奏者もキャンセルできる、主催者側への配慮も関係ない、ゆかりがどうしたいかだ。答えはゆかり自身の中にしかない。よく考えて答えを出すんだ。』
電話を切って、スタジオを出る。
ボロボロの自分から、本当に大切なものを探り出す。
答えは、、、
踊る。だ。
夜には歌い手にメールと電話をして、明日は絶対に来て、約束して、と何度も確認した。
金曜日。
当日に初めてフルメンバーが揃う。
もう愚痴も後悔も、マイナスは一切捨てる。私が真っ直ぐに立ち、揺らぎない気持ちで立ち向かうことで、彼らもそれぞれのアルテを発揮出来る。
キラキラと輝く赤いバタが、グッと私の気持ちを引き締め、引き上げる。
サリーダ、歌が入ることで、空気が、空間が豊かに潤うように、瑞々しく満ちる。その中にゆっくり入水するかのように入り込む。
懐かしく温かいペルラの舞台。
どれほどに待ち焦がれたことか。。
放たれた火のように、自由に、夢中に踊った。
ここに立つと、コンクールであることを忘れて夢中になる。
本来コンクールは、審査員が好ましいと感じるように踊らなくてはいけない。でないと勝てない。
でも、一度としてそれをなし得た事がない。やっぱり私にとって、いつどんな舞台であっても観に来てくれる、ハレオと共にエネルギーを交わせる観客、お客さんが大切だ。
踊り終えた後、心からの感謝を込めて挨拶をした。
課題曲のアレグリを目一杯踊り終えて、自由曲のシギリージャは、何だか少し物足りなさがあった。
また課題が出来た。
いつまで、どこまでも途方もなく続いていく。
答えのない答えを探して、もがいて、少しずつ強くなっていく。
楽しさや喜びの背中合わせに、必ず痛みや苦労がある。フラメンコの素晴らしさは、単に華やかさや楽しさだけを表現するのではなく、人の心の内側に秘めている影や深み、痛み、即ち人間らしさを表現出来ることだ。
だから答えもない。
終わりもない。
また、明日から日本での生活が始まる。
仕事や時間に追われても、自らの足でしっかり大地を踏みしめて、揺るぎない信念を持って踊っていくことを絶対に、絶対に見失ってはいけない。
フラメンコにたくさんの愛と感謝を込めて。



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